『天才ジョッキー』福永祐一が引退して調教師に!?ナゼ?

穏やかな表情
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はじめに

競馬ファンでもそれ以外の方でも知る天才ジョッキー』の福永祐一。メディアにも多く露出していて、過去から現在まで日本の競馬会を支えていると言える。

1996年の初免許から27年目に差支える騎手人生においての、彼の今までの栄光は計り知れない。

(勝利数)2611勝

(勝率)13.5%

(重賞勝鞍)159勝

(G1勝鞍)34勝

(獲得賞金)553億9646万円

※2022年11月26日現在。JRA-VAN引用。中央競馬のレースのみ。

  と、もの凄い数字がズラリと並ぶ。

中でも歴代勝利数は現役騎手では武豊、横山典弘に続く第3位となっている。

引退とウワサされている理由

その輝かしい経歴を持つ彼だが、巷では騎手を引退するというウワサが飛び交っている。

理由は幾つかあるとは思うが一番の理由は『調教師一次試験合格』だ。

かなりの難関である調教師の一次試験。合格する事も驚きだが、試験を受けた事が一番の衝撃だろう。二次試験を受かると晴れて調教師の免許を取得する事になるのだが、二次試験は面接のため、今まで多大な実績があり功労者の彼なので落ちる事は考え辛い。かなり現実的に調教師になる未来は見える。

なぜ引退を考えたのか!?(※憶測)

1.家族の存在

福永騎手は2013年8月20日にアナウンサーの松尾翠さんと結婚されました。晩婚でしたが子宝にも恵まれ、現在では3人のお子様がおられます。

福永騎手の父の福永洋一さんも言わずと知れた天才ジョッキーでした。ですが、レース中に大きな落馬事故に遭い、騎手を引退。現在も車椅子生活です。

その父を見て中央競馬の騎手になった彼なので、リスクのある業種という考えは強いのかも知れません。現在は家庭もある事で、自分一人の身体ではないと思っているのでしょう。

2.ダービー制覇

福永騎手はデビューからすぐに才能を発揮すると多くの勝利を重ねていきました。

デビュー2年目の1998年では日本ダービーにキングヘイローで出走するのですが、なんと2番人気で出走します。結果は14着。そこから何度も日本ダービーにトライしますが、ずっと勝てずにいました。ですが19回目の挑戦の2018年、ワグネリアンに鞍上し見事に勝利しました「福永はダービーを勝てない」とまで言われていましたが、遂に勝利をし、そこからは呪いが解けたかのように2020年(コントレイル)、2021年(シャフリヤール)と立て続けに勝ちました。

父の洋一さんも成し遂げれなかった日本ダービーの勝利も、騎手引退を考える理由のひとつであるでしょう。

3.三冠馬との出会い

最後はやはり無敗の三冠馬「コントレイル」との出会いです。ディープインパクトの最後の傑作と呼ばれる名馬。 2走目の東スポ杯はライアン・ムーアが乗りましたが、それ以外はデビューから引退までずっと鞍をとりましたそして、無敗の牡馬三冠。ずっと「福永はクラシックでは足りない」「ダービーは勝てない」など言われ続けていましたが、全て払拭させました。引退レースの昨年のジャパンカップでは1.6倍の圧倒的な1番人気を背負い快勝。インタビューの涙が印象的でしたね。

《福永騎手と言えばこの馬!》と言われる名馬との出会いが引退を考えさせたのでしょう。

まとめ

いかがでしたか。まだ確定的な事はないのですが、調教師になり騎手を引退する事はそんなに遠い未来ではないと思います。個人的に大好きな騎手なので、引退は残念ですが、いつか福永厩舎の馬で武豊ジョッキーが凱旋門賞に挑むのを心待ちにしていたいと思います。

これからも私は福永祐一さんそのものを応援していきます。

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